菊地雅章さん

 
 晩年にかけて昵懇の仲であった縁者たちのだれもが黙して語らないでいる。




 私がここに書くということは、彼らの仲間に入ることができないのを、私自身が良く理解しているからだと思う。








 昨年の春、ご縁があって、菊地雅章さんの未発表自宅録音ソロのCD化のお手伝いをさせてもらうことになった。
 無論、菊地さんは私がまったくの素人であることを分かっていた。
 だが、自宅録音の未発表ソロのCD化に対する菊地さんの熱意は、並々ならぬものがあった。


 私にはそれが良く理解できたため、手弁当でお手伝いすることにした。




 思うような結果が出ないまま、時間が過ぎて行った。


 不幸なことに、結局、袂を分かつことになってしまった。




 それから、しばらく経ち、ECMのマンフレット・アイヒャーと菊地さんが話をしたと風の便りで聞いた。



 菊地さんのバンドのメンバーが、ヨーロッパへの旅支度を終えたと満足げに報告してくれたものだった。




 その1週間後、日本のレーベルの方から、連絡をいただいた。

 菊地さんの未発表録音のCD化のことで、相談に乗ってくださるというお話だった。
 ECMのプロジェクトが始動していることを知っていた私は、心が痛みながら、丁重にお断りの返事を書いた。



 
 年が明けた今春、ECMのプロジェクトが頓挫したことを知った。



 そのとき、私はとても複雑な心境になった。




 そして、一昨日の7月7日、菊地さんが荼毘に付されたことを知った。





 未発表録音のリリースに向けて、やりとりをした数々のメールを読み返してみた。そこには、自宅録音の未発表分を世に送り出したいという切実な思いが綴られていた。





 それは、まぎれもなく、菊地さんの生前にCD化されるべきものだった。



 しかし、結局私は、菊地さんを助けることはできなかった。



 はかない人間の命が、この世の不条理に屈した瞬間に、私は立ち会ってしまった。



 私はこのことを忘れはしまい。



菊地さん、どうかやすらかにお眠りください。