はてなダイアリー終了に際して

本ブログ最後の記事になります。


※ はてなダイアリーの記事更新は、明日の1月28日(月)で終了し、閲覧自体は2月28日(木)で不可能になる。いずれも予定より前倒しのスケジュールになった。




このブログを始めてから、早いもので10年目になる。アナリティクスは使っていないが、単純計算すると、写真を抜かした記事1本あたりのPVが1000を超え、ROVOデートコースペンタゴンロイヤルガーデン並みの集客となった。実際のライブにこれだけのお客さんが集まったらどうなるだろうか、とも感じている。




ライブ鑑賞やCD購入は続けるつもりだが、今後のことはまったく決めていない。





それはともかく、今回は勝手気ままに書き連ねたいと思う。






昨年の暮れにスピーカーのエッジ交換をした。


当初は買い替えも考えたが、JBLのAシリーズが出た時に飛びついた製品でもあるため、愛着がありボロボロのエッジを自分で修理することを決めた。


この2日前に、渋谷の名曲喫茶ライオンに久しぶりに行った。


ちょうど、定例のレコード(CD)コンサートの日で、都合40分間ほど楽しむことができた。





スクリャービンピアノソナタ第3番 嬰ヘ短調
プロコフィエフピアノソナタ 第7番 変ロ長調 Op.83」

ピアノソロ サンソン・フランソワ


EMIクラシックのリマスターCDシリーズは、あまり玄人受けするものではないらいが、
このピアノは、とても胸に響いた。何よりも艶と伸びがあった。


CDを取り寄せて、エッジ交換したスピーカーで聴いてみた。




ライオンのオーディオ再生装置に伍するとははなから考えていなかったが、思ったよりも良い音だったので満足できた。




晦日にテレビのチャンネルを合わせたら、偶然にもクラシック番組だった。




引退宣言をしたピアニストMaria João Pires(マリア・ジョアン・ピレシュ)のインタビューが映し出された。




引退を決意した理由を尋ねられたこのピアニストは、(記憶が確かならば)次のように答えていたと思う。




「ピアノそのものが変わった。どのようなコンサートの環境でも、必ずピアノは同じように鳴る。ピアノ自体が鳴るように製作されるようになった。昔は、歌を唄うようにピアノをコントロールして演奏しなければ、ピアノは鳴らなかった。今は違う。だれでもどんな環境であっても、ピアノを鳴らすことができる」




続いて、同年のショパンピアノコンクルールの映像が映し出された。ピリオド楽器を使ったコンテスト部門が設けられたという話だった。ショパンが活躍した当時のピアノを演奏して、技を競う。コンテストの映像を見る限りでは、今のコンサートピアノとはまったく違った、ピアノコントロール技術を使わなければ鳴らすことが難しいことが素人目にも理解できた。




閑話休題




科学者の大橋力氏が2000年に発表した実験論文は、ハイレゾブームの火付け役となったという。



その大橋氏によれば、高周波を感知するのは聴覚ではなく体表面の皮膚であるらしいことが実験により分かったという。そして、特定の高周波帯域では脳の活性を抑える負の効果もあり、こうした事実を踏まえたうえでハイレゾを考える必要があると語ったそうだ。

こうも述べたという。


人工知能が人間の知能をしのぐといわれているが、この世界には機械では置き換えられない別の情報領域がある」



時として、音楽を文章で表すことは不可能に近いと綴ってきた。




ライブ視聴を重ねてきて、ますますその思いが強くなってきた。

山本精一のオールナイトニッポン 千駄木BarIshee



2018年11月8日
山本精一
千駄木BarIshee

この日は、山本精一が深夜ラジオ番組、オールナイトニッポンになぞらえて
トークとライブを繰り広げた。BarIsheeの店主がサポート役にまわった。


お客さんから事前に集めた質問や人生相談等に山本精一が答える形で会が進行した。
かなり興味深い話を聞くことができた。
トークショーは、有料コンテンツなので、いつものように勝手気ままに書き連ねるのは控えたいと思う)

合間に、荒木一郎、ケヴィン・エアーズ、ニール・ヤングなどの歌を唄った。

カーネーションへの賛辞や、ユーミンについても言及があり、興味深かった。

このライブの後、大阪に出張があった。

氏の著書「ギンガ」を買って大阪で読んだら、文章と彼の地の空気感というのか、そういったものが
ぴったり合ってとても驚いた(尼崎出身なうえ、現在は大阪には住んでいないそうだが)。


有料コンテンツとは知りながらも、ひとつだけ触れたいことがある。

山本精一水木しげるについて賞賛した。


水木しげるは、おそらく昭和40年代くらいだろうか、各地でサイン会があると、あまり聞いたことがないような
妖怪の名前を熱烈なファンがリクエストしたとしても、色紙にその妖怪を着実に模写してくれたという。


水木しげるについては個人的な思い出がある。



昭和40年代、1972年くらいか、通っていた小学校の仲間たちが、水木しげるからサインをもらったという話をしていた。
そのうちのひとりは、水木プロ製作の鬼太郎のカラー絵葉書をもらったという。


当時は、漫画家やアニメ製作会社がオリジナルグッズ販売を手がけることはなかったため、クラスメートの中ではカラー絵葉書が人気だった。
どこの店にも類似品が売っていなかったからだ。


友人に相談すると、入手方法を教えてくれた。水木しげるの家を訪ねて、「サインください」というと
「先生は忙しいので」といってカラー絵葉書をくれるというのだ。


水木宅のそばに住む友人は、「今なら大丈夫」といって私を送り出した。

ドアをノックして待つこと30秒くらいで、女性が現れた。

「サインください」

「ごめんなさいね。先生は忙しいの」と言って一度、奥に退いた。
カラー絵葉書を手にして戻った。そして「これ差し上げるから」といってくださった。

とても嬉しかったのを覚えている。



8歳の春だったと記憶している。

石原雄治 山本達久 デュオ 下北沢アポロ

石原雄治が企画した、山本達久とのデュオを11月の12日に下北沢のアポロに聴きに行った。


実はこの間、聴いたライブが4本ある。



とても重要なライブだったが、今となってはすでに他の方々によって、書き尽くされている感がある。

しかしながら、だからといって、彼らの音楽が決して聴き尽くされているわけではないという背反関係にあるのは何人も否定できないだろう。


追って必ず書きたいと思う。





































自ら企画したライブに、石原雄治は山本達久とのデュオ形式を選んだ。




私としては意外な組み合わせだった。情報を入手して直ぐに、これは是非とも見に行かなければと考えた。




山本達久については、現skilkillsの弘中聡、当時BOREDOMS、PARAに在籍していた千住宗臣とのそれぞれのドラムデュオを聴いたことがあった。


一方の石原雄治がドラムデュオに取り組んだライブは個人的には体験したことがなかった。


このため、どのような展開になるか、まったく予想がつかなかった。


この日のライブの感想は、すでにSNSなどで語られており、同じ表現の繰り返しになるのを承知で言うと、2人はドラムスを擦弦楽器と見立てた。ドラムの縁やシンバルを、スティック等で擦った。この技法は、アクセントという程度の頻度ではなく、ライブ全体を通して丹念に用いられた。



気づくと、山本の重めのバスドラが規則的に入ったりする。



私の席の真ん前が山本達久だったので、彼の演奏に目と耳が行った。2人とも細やかなニュアンスで音を出していたので、遠くにいた石原雄治の音に対する理解は少し難しいものがあった。


擦弦音の洪水は、黙想的な何かを秘めていた。


2人ともドラムスを叩くのではなく、ドラムセットを使って音を出すことに集中した。


やがて私は、2000年に2枚組のCDとしてリリースされた、David TudorとJohn Cageのデュオ作品を思い浮かべた。


この未発表音源の中で、John Cageはヴォイス、David Tudorはエレクトロニクスで参加しており、前半部分のDavid Tudorのエレクトロニクスは、擦弦音を模しているように聴こえる。


ライブを聴きながら、このCDを思い浮かべた。

(断っておくが、現代音楽については本当に奥手で本来は語る言葉を持たない。John Cageの4分33秒をCD媒体で「聴いた」後で、プレスミスだと思って本気でCDショップにクレームをつけようとしたくらいの凡人のレベルだ)


しかしながら、私は、ごく自然にこの未発表音源を連想していた。


石原雄治と山本達久が、David Tudorに影響されたとは思ってはいない。


少なくとも私自身の感性においては、シンクロニシティ共時性)という現象が存在するのであれば、このライブはその瞬間を捉えていた。



けれども、2人の演奏は、撥弦音だけで終わるものではなかった。


山本達久は、グリップハンドでスネア、フロアタム、タムを代わる代わる打ち、ローリングするようなドラムングを見せる。00年代は山本の演奏に親しんだものだが、グリップハンドを使ったのを見たのは今回が初めてだった。とても巧みなスティック捌きだ。



これに石原雄治が応じる。


パワードラミングとはならずに、急速超でスティックを振る。ドラムセットのすべてに軽く触る程度で触れて行くスピードは圧巻だった。




仕事のスケジュールがいっぱいだったが、無理して聴きに行って本当によかったと思った。




2人のライブが12月にあるそうです。

12/17(月)@成城学園前アトリエ第Q藝術
19:00/19:30
\2500/\3000
石原雄治ds+山本達久ds+中山晃子AlivePainting

photo miyota 2018 浅間国際写真フェスティバル

前の記事の写真は、9月まで長野県の御代田の旧メルシャン美術館跡地で行われていた写真展のものだ。写真展は、ストックフォト大手のアマナが運営しているIMAが、文化庁オランダ大使館の助成を得て開いたそうだ。




数年前に、文化カルチャーがテーマという話で受けたスタートアップ企業のライティングの仕事をしていた。実際には、文化カルチャーではなく、エンタメレジャーだった。
しかし、当事者の間では、どうやら文化カルチャーとして認識されていたようだ。



とても違和感があり、やめるまでずっとその違和感は続いていた。


最近はYoutubeでクラシックを聴き、たまに現代音楽を聴いているが、メシアンのFête des belles eaux (美しき水の祭典)のコメント欄(すべて英語だった)で、「レディオヘッドのジョニーグリーンウッドが作曲した、ポールトーマスアンダーソンの映画音楽の盗用だ」と書いている一文が一番上に来ていて、皆でいいね(109に上った)をしているのを見つけた。



「これを読んだ時違和感があった」と書くとなると、SNS的な乗りが最先端の今日では、どちらが高尚で偉いかという文脈で捕らえられると同時にそんな考え方は永遠に遺棄すべきという話になりかねない。



誤解されるかもしれない。だが、如何せん、そんな感じの違和感を仕事中、抱いていた。


仕事場を離れる前だったと思う。


本邦最大手の映像会社と勤め先が契約しており、カメラマンと仕事をすることが何度かあった。といっても、スタートアップIT企業によくある、すべての業務進行はネット上だったので、当然、ディレクションがすべてネット上で行われ、電話でのコンタクトさえもNGだった。


こんなことは無視して、なんどもカメラマンに電話して、コミュニケーションを図った。そうしなければ、意図が伝わらなかったからだ。


各地方には、すぐれたフリーランスのカメラマンがおり、本当に良い写真を撮ってくれた。



勤め先の経費削減のため、ライティング(lighting)は一切無しの条件だったが、光の出し方をうまくやってくれるように入念にリクエストすると、彼らなりの独自性を出して、味のある写真が出来上がってきたものだった。



ある日、撮影を終えたばかりのカメラマンから電話がかかってきた。


彼は30分以上、女性モデルを賞賛した。


「こんな勘の良いモデルに出会ったのは初めてだ」と何度も話したうえ、語り口が次第に熱を帯びてくる。


キャリアのあるカメラマンだったが、筆者もそれなりに歳を取っているので話半分で聞いていた。



しばらくしてから写真が納品された。


確かに良い写真だった。


美しいとか綺麗だとかいう問題ではなく、素直に良いと思った。100枚ほどの作品を眺めて選択する作業に入った。気付くと3時間が過ぎていた。



翌日、IMA(今回の写真フェスの主催)から、メールが入った。



前回の記事で写真を載せたchad mooreの師匠のRyan McGinley(ライアン・マッギンレー)が女性モデルを募集しているという告知だった。リンク先を開くと、HPの当該ページにたどり着いた。募集期限は、1週間後だった。



すぐにカメラマンに連絡を取り、リンク先を送って、件のモデルに応募してはどうかと話すよう依頼した。


先日のモデルは上昇志向が強く、「有名になりたい」と何度も言っていたそうだ。



1か月ほどして、カメラマンに連絡をしてみた。彼女は「心の準備ができていない」という理由で応募しなかったという。




私のメールに締め切り直前の応募告知が入ったのも運命だった。




モデルが断ったというのも運命だった。



ただ、彼女が採用されたかどうかは誰にも分からない。これも運命だと思う。




Massimo Vitali✖︎谷尻誠















鈴木理策 Sansation 2009

セザンヌが描いたサン・ヴィクトワールが、浅間山と重なるように展示されていた。幼少のころから眺めていた浅間山が、こんな風に見えるとは思ってもみなかった。うまく撮れなかったけれども。

是巨人 新小岩Back In Time







































8月10日 是巨人鬼怒無月ナスノミツル吉田達也

新小岩 Back In Time

暑い日だったが、是巨人をワンマンで観るのは初めてだったため、とても楽しみに出かけた。

新小岩のライブハウスはBushbashばかり行っているので、初めて行くBack in Timeも楽しみのひとつに加わっていた。

入ってみると、店内中ががメタル(金属)張りの内装でとても驚いた。

人の良さそうなオーナーと思しき人がカウンター内に立っていた。
80年代の立花ハジメを思わせる風貌のミュージシャンのような人だった(もしかするとそうなのかもしれない)。
店内にはビンテージのギターが何点か飾ってあった。レコーディングも請け負うと張り紙してあり、店内全体にこだわりが垣間見れた。



ほぼ2時間通して聴く是巨人は、いうまでもなく楽曲を演奏するバンドだ。


インプロのパートがほとんどないような気がするが、もしかすると、ソロパートは各自に委ねられているのかもしれない。



鬼怒無月のギターソロさえも、あまりに構築されたものであるため、そう感じるのかもしれない。



それはともかく、溢れ出るリフがリズムを作り、変化を生み出す様は、圧巻だ。




1stアルバム収録の曲から、未発表の最新曲まで披露された。聴く比べができてとても良かった。1st収録曲は、変拍子(だったと思う)が強調されたもののように感じたが、最新曲は、ストレートでパワフルなプログレだと直感的に思った。


鬼怒無月ピッキングは本当に正確だと思う。あんなにも難しいリフを難なく弾いてしまう。


ナスノミツルのベースは、そんなに音量が大きくないが、よく聴くと、すごいことをやっていると思う。それを音楽的に説明しろといわれれば困ってしまうけれども。


この日の吉田達也は、キメを重視しなかったように感じた。ピシッ、ピシッと決めるのを敢えて回避していたように思った。1打、2打と敢えて、いわゆるおかずを入れていたように感じた。



続いて聴きに行った、高円寺のショーボートでのRUINSでも同じように感じる場面があったので、それはこの時期の吉田達也の音楽性を表すものだったのだと思う。それはそれでまた興味が絶えることのない貴重な時間だった。


また、イントロがジャズボッサ風の曲があって、吉田達也がそれに合うようなドラミングをしていたのに、とても驚いた。


記憶が定かではないのだが、リムショットをしていたような、していなかったような。。。


とにかく、とても楽しい晩だった。

池間由布子 立花泰彦  不破大輔 八丁堀七針

池間由布
立花泰彦
不破大輔

7月27日 八丁堀七針


ライブ検索サイトの「ト調」をグーグルで検索すると、グーグル検索ページのト調のリンク下に、リンクページが掲載される。不思議なことに私のPC環境では、それが必ず、「池間由布子」だった。グーグルアルゴリズムのなせる技か、エンジニアの力量なのか、わからない。


それが、ライブに行った大きな動機だった。


いつも、何ともないきっかけからすべては始まると考えている。



もちろん、神保町視聴室などのスケジュールでは名前を頻繁に目にしており、テニスコーツとの共演があることは分かっていた。






7月の暑い日だった。


この組み合わせは、私にはとても興味深かった。


池間由布子は、ジャズの歌い手ではないが、名うてのジャズ音楽家2人を前にして悠々と振る舞った。



ステージングを含めて、当意即妙の場面場面をちりばめながら、
歌も演奏も即興性が高いものとなった。



マイクのことはまるっきりわからないが、性能のよさそうなマイクに
近寄ることはなく、必ず40〜50センチの距離を置いて唄った。



リハーサルとは違う展開が往々にしてあるため、ジャズ音楽家との掛け合いは困難を伴うと思う。




だが、池間由布子は、自身で原曲の殻を破り、不破大輔立花泰彦の出方を楽しむ場面が多々あった。




初めてベース演奏を聴いた、2人の演奏も対称的(対照的ではない)だった。不破大輔は、まるでゲイリーピーコックのように縦横無尽につま弾いた。立花泰彦は、リズムの面白さを隠し味に滋味溢れる演奏を披露した。




夜が更けても暑さが残ったが、
良い音楽を聴いたという実感が勝った帰り道だった。