ELECTRIC YETI 田畑満  Cal Lyall 一樂誉志幸 落合SOUP

ELECTRIC YETI 
田畑満 from Acid Mothers Temple + Cal Lyall + 一楽誉志幸 落合SOUP


ELECTRIC YETI 6月13日 落合SOUP
田畑満 from Acid Mothers Temple + Cal Lyall + 一楽誉志幸





以前に高円寺のペンギンハウスで、田端満(g)+クリスフジワラ(b)+山本達久(ds)のトリオ演奏を聴いたときに、とても印象に残った。このため、この日の告知のメンバーを見て良い予感がした。




Cal Lyallは西麻布・スーパーデラックスのイベント、test toneのクレジットで名前を見かけていたが、実際にライブを聴くのは初めてだった。

一樂誉志幸を聴くのは、1年半ぶりだった。
田端満と一樂誉志幸の組み合わせについても興味があった。前述のバンドでドラムスが山本達久の時は、終始激しい演奏だったのに比べて、一樂のドラムスではどういった展開になるのか。大いに興味をそそられた。



行く前は、ツインギターとドラムスのトリオだろうと勝手に想像していた。

しかし、幕前のステージには、ギブソンエレキベースが置かれていた。ステージに現れた田端満は、このベースギターのストラップを首に通した。



田端満が弦を爪弾いて音を出すと、メンバー二人がステージに上がってきてすぐに演奏が始まった。


Cal Lyallは、吹奏楽器のような形状の電化楽器を手にして、高い音を出した。笛の類の音色を持っていた。これが本格的な演奏の始まりだった。



田端満のベースは初めて聴いた。ゲージの選び方なのだろうか、それともエフェクターの掛けかたなのだろうか。硬すぎず、柔らかすぎない、ほどよい音色で、なおかつ重たすぎず、軽すぎない音質だと感じた。着実にベースラインを刻むという演奏よりもむしろ、フレットの端から端まで縦横無尽に弾くというスタイルだった。

田端満は、ステージ外では和やかで快活な印象を受けるが、演奏が始まると風貌さえも一変する。獲物を狙うような獰猛さが漂う。その変貌ぶりには、とても感心させられる。根っからのロッカーなのであろう。


和(なご)みを誘(いざな)うために使っていた快活が、ただひらすら獰猛のためだけのエネルギーに変異していく様(さま)は、良い意味で本当に特異だ。


前述のとおり、Cal Lyallのギターを聴くのも初めてだった。

歪みのほとんどないギタープレイだった。


灰野敬二は別として、日本のインデペンデントロックでは、AMT、裸のラリーズ、光速夜、High Riseなどしか聴いたことがないので(ライブはAMTとHigh Riseの成田宗弘のみ)、当を得た表現かどうかは分からないが、伝統的に歪みのあるギターサウンドが王道であるような気がする。洋の東西を問わないことなのかもしれないが。


この日のCal Lyallの歪みがほとんどないギタープレイは、サイケデリックサウンドからの後退を示唆しつつも、また違った角度からサイケデリックな音に光を当てているように思えた。実際、ブルージーなフレーズはほとんど聴かれなかったし、ギター演奏だけを取り出せばインプロ演奏だと説明できるような感じがした。





海外のドラマーの演奏を各種の媒体で聴く機会があった際に、一樂誉志幸のドラミングについて考えたことがある。アメリカのTyshawn Sorey、Billy Mintz、それにスカンジナビアのAndreas Skar Winter (Left Exit, Mr K)などは、本当に小さい音をもって、音楽的な立体感を構築している。一樂誉志幸のドラミングは、偶然にもこうした流れにシンクロナイズドされ、系譜に位置付けられるのではないか、という勝手な解釈をしている。(欧州フリージャズはあまり詳しくないので、もしかするとAndrea Centazzoのように、弱音で表現するドラマーが昔から存在していたのかもしれないが、私自身がリアルタイムで体験したのは、2002年にリリースされたMatts GustafsonとのデュオアルバムでのPaal Nilssen-Loveの演奏だった。)



しかし、この日の演奏は、予想に反してパワフルだった。



まぎれもないロックドラマーのドラミングだった。

セッティングの問題ではなく、力強いドラミングを試みた結果のようだ。


ほとばしるような、熱いエネルギーが観客席に届いた。


一樂は逐一、リーダーの田端に視線を送り、様子をうかがいながらドラミングした。だが、ベースとドラムスが寸分たがわずにジャストタイムで合わせるというわけではなかった。私はそこに、音の強弱などの大まかな音楽の流れを決めるうえでの呼吸のような間の取り方を感じた。


リズムセクションが良くグルーブし、会場は熱気に包まれた。

キメが多いといった単純なグルーブではなく、うまく表現できないが、もっと大きく緩(ゆる)やかな枠(わく)をそなえたリズムが観客を魅了した。


素直に新しい音だと思った。


機会があれば、ぜひとも再び聴いてみたい。