坂田明 + 藤井郷子、田村夏樹  初めましてシリーズ第9回  荻窪クレモニアホール


































荻窪・クレモニアホール
初めましてシリーズ第9回

坂田明
藤井郷子、田村夏樹


藤井郷子と田村夏樹が坂田明と共演するというので聴きに行った。



常々気にかけているにも関わらず、長いことライブを聴きに行かないままでいる音楽家が少なからずいる。


この日聴きに行った3人もそうした音楽家だった。

坂田明は2年ぶりで、田村夏樹は4年ぶりだった。


藤井郷子は、シアターモリエールで行われた帰国10周年記念ライブ以来だから、もう何年になるだろうか。



ともかく、私にとってこの日のライブは、とても興味ある組み合わせだった。





坂田明のアルトサックスの音合わせに、藤井郷子がピアノを合わせる形で幕が開いた。


最初は、コール&レスポンスのような形で、それぞれの音を探るように慎重に演奏した。

坂田明のサックスが次第に熱を帯びてくる。相当早いペースで高みに持っていく姿は、私が最初に聴いた時(1980年代)を彷彿とさせた。


田村夏樹と藤井郷子も急速調になる。完全なフリージャズ状態となった。


カオス状態で進むのかと思ったら、起承転結と言うと語弊があるが、とても起伏のあるメリハリのついた演奏が展開された。



坂田明と田村夏樹は、楽器を置き、鈴やカネ、玩具などを鳴らした。闇雲に鳴らすことはなく、かなりな間(ま)をとって音を出したので、そのタイミングを楽しむことができた。やがて藤井郷子が抒情的なアルペジオで応じた。



藤井郷子のライブはこれで8回目になるが、彼女の師であるポール・ブレイの影響をこれほどはっきりと聴くことができたのは初めてのことだった。(ポール・ブレイとのデュオをライブで聴いたときにも、藤井郷子の音にポール・ブレイの影響を感じることができなかった。)


もちろん、ポール・ブレイは50年以上のキャリアがあるので、いつの時代をもって判断するのかという問題はあるが、強いて言えばREDやJustin timeなどでの比較的最近の演奏を連想させた。


そのスローなアルペジオのほかに、前半で聴くことが出来た低音部の反復は、Candidレーベル”Out of Nowhere (Don Ellisリーダー作)”のMy Funny Valentineのエンディングでポール・ブレイが弾いた音を思い起こさせた。


やがて坂田明がヴォイスを披露した。唸りであるような、うめきでもあるようなヴォイスだった。会場は和の世界で染まった。



なぜか藤井郷子のスローなアルペジオとの相性は抜群だった。




坂田明が鐘の音(ね)を鳴らして、ごく自然にスローテンポのパートが終わった。



再び、坂田明のアルトサックスが熱を帯びる。顔が真っ赤になるほどの熱演だった。坂田に煽られるように、藤井郷子と田村夏樹がテンポを上げた。


穏やかでふくよかな音色の田村夏樹のトランペットが、切り裂くように音量を上げた。私は驚いた。これまで私が聴いたライブでは、田村夏樹はクールでいて飄々とした趣きのあるトランペットを吹いていたので、こんなにも熱い演奏をするとは思っていなかった。


藤井郷子が奏でた、変拍子のリズムがとても格好良かった。藤吉(Toh-Kichi)や早川岳晴・吉田達也とのカルテットで演奏したときよりも先鋭的なリズムだった。

このリズムでエッジの効いたポップスのアルバムをプロデュースしたら面白いとふと思った。


演奏が止んで、坂田が語り出した。

「そこにいるのは、分かっておる」


ここから、浄瑠璃のような語り物の世界に突入する。即興で科白(せりふ)を語っていった。田村夏樹が、これに見事に反応する言葉を紡ぐ。


会場が沸く。ステージ上の語り部も、お互いの思わぬ反応に苦笑いする。



アンコールで3人が舞台に上がった。


坂田明が、藤井郷子に向かって、「ロンリー・ウーマン演ろう」とささやいた。


藤井郷子は少しためらって、「Eマイナー?」と聞いた。坂田明は「Aマイナー」と答えた。



Eマイナーは、ホレス・シルバー作曲のロンリー・ウーマンのことを指していたと思う(けれど確証はできない)。





Aマイナーは、そう、オーネット・コールマンの作品だった。


まさか坂田明が演奏するロンリー・ウーマンが聴けるとは思わなかった。


本当にすごかった。坂田明のロンリー・ウーマン。レコードのオーネットをしのいでいた。




会場を出ると雨がすっかり止んでいた。




坂田明藤井郷子、田村夏樹の組み合わせを、いつか再び聴きたいと思いながら家路についた。